対談

対談者は、左より右田博文(医師)、赤尾英司(北九州市職員)、市原猛志(産業技術史研究家)

角打ちの語源は?

右田:『日本方言大辞典』を引くと、北部九州の方言として「枡に入ったままの酒を飲むこと」「酒屋で立ち飲みすること」と載っていて、2018年1月に発刊された『広辞苑 第七版』では、初めて「角打ち」が掲載され、「酒を枡で飲むこと。また、酒屋で買った酒をその店内で飲むこと」とある。

市原: 語源としてよく知られているのは、①枡の角から呑んだから、②酒屋の多くが角地にあったから、③呑むときに枡の角で眉間を打つから、④店の隅(角)で呑むからなどがあるようです。

赤尾:『打つ」は「翻筋斗(もんどり)打つ」ことではないかって、以前須藤初代会長から聞いたことがあります。確かに方言や隠語の語源って何気ないものだと思うんですよね。例えば、「立ち飲み」の方言として、東北地方などでは量り売りの盛り切り一杯の意から「もっきり」、鳥取・島根では立ったままきゅうっと呑むことから「たちきゅう」などがあります。江戸時代には「兜(かぶと)をきめる」という隠語を使っていたようです。これなんかは、講談『高田馬場の仇討ち』の中山安兵衛が決闘前に呑んだとされる枡酒に通ずるイメージがありますよね。

角打ちの語源について

市原:そもそも江戸時代に飲食店が発達したのは、幕府による都市整備のために地方からの出稼ぎ労働者が急増したこととか、「どぶろく」に代表される濁った酒の伝統から清酒が登場して長距離輸送が可能になったことで、いわゆる「下り酒」が大量に江戸へ流入したことが要因ですね。当時の酒屋は試飲のために店内で立ち呑み(有料)させたそうです。あと、店先に空き樽や床几を置き居座って呑んだことから、「居酒」となったとか。私は「酒器」に着目して『大陸伝来説』もあり得ると考えています。例えば、遊牧民が牛などの角を刳り抜いて作った器があるのですが、これを酒宴で使う際は、置きにくいものですから、野外だと地面に突き刺すんですね。角を打ち付けるから「角打ち」、こう言うのもありかと。

赤尾:私は『One-shot bar(ワン・ショット・バー)説』を考えました。西部開拓時代のアメリカの「Bar」は、量り売り(shot単位)の酒を立ち飲みするスタイルでした。「shot」=「打つ」です。そこで当時、日本の酒徒は「角枡」で酒を呑ませる酒屋に行くのに、「shot」を隠語(スラング)として用いて「“角(かく)”を“打ち”に行こう」などといったのではないでしょうか。それが「角打ち」になったという説  いかがでしょう。この説だと、早くても「Bar」が発祥した1830〜1850年代(江戸時代後期)、もしくは日本の「Bar」発祥(横浜)といわれる1860年代以降(江戸時代末期)が起源となります。

市原:歴史的には可能性ゼロとは言えないけど…。

右田: 一杯ひっかけることを「have a shot」って言うし、これって正に「角打ち」のことだよね!

そもそもなぜ角枡で呑む?

右田:本来、枡は計量器なわけで、猪口とかに比べたら断然呑みにくい。それをあえて使ったのは、時代がずっと下ってから流行った「粋」な、あるいは「ちょいワル風」な呑み方だったと考えるのが自然。でなければ、代用的に使用してたとか…。

市原:江戸時代、計量のため頻繁に使われて古くなった枡は廃棄されず別の用途に再利用された可能性が高いです。それを酒屋で使うようになったとも考えられます。

右田:「打つ」には様々な語義があって、その中に「艶をだす、やわらかくする」の意もある。もしかすると、その使い古されて角が磨り減り、丸みを帯びた枡のことを「角を打たれた枡」という意から「角打ち枡」と呼んだかも知れないね。

市原: おぉ、それもあり得るかも。実は、北部九州という歴史的背景や地理的条件からすると『西欧文化伝来説』があってもおかしくない。

赤尾:『ドンタク」なんかは外国語が伝来して今でも残ってる。オランダ語とかでパブの立ち飲みを「カクーチ」とか言ってたのがルーツだったりして(笑)。