呑んべえへのお誘い (初代会長 須藤輝勝)

よく角打ちのルールや作法を教えてほしいと言われますが、「酒店で立ち飲みするのに何のルールがあるんだ、そんなもんあってたまるか」というのが角打ち常連の立場だと思います。そう言ってしまえば身も蓋もないので、私が角打ちをする時にどうしているかを書いてみることにします。

私は、仕事帰りにネクタイを締めたスーツ姿でひとり角打ちをすることが殆どです。大抵のところはネクタイ姿の客はいません。行きつけのところは別として、私が入っていくとそれまで賑やかだった場が一瞬静まり、「この人は何をしにきたのだろうか」、「あんたのような人が来るところではないよ」などと言いたげな視線が飛んできます。そういう雰囲気の店で気持ちよく飲んで帰ることができるための「ルール」はあります。

まず心構えとして、酒を飲みたいだけの客としてカウンターの前に立つことです。当たり前のことですが、これが全てです。大抵のことはこれで解決します。冷たい視線を浴びた時に、手っ取り早く「俺はただ飲みたいだけでここに来たのだ」と言うことをアピールするために、私は、店主に「日本酒、コップで」と言い、溢れそうに注がれたコップに口を持っていき、一口啜ってから、手にコップを持ちゆっくり飲み始めます。そして、「この酒はどこの酒?」などと店主に話しかけます。

すると、他の常連さんたちも、やがて自分たちの会話に戻っていき、元の賑やかな雰囲気に戻ります。あとは、常連さんたちの会話に耳を傾けながらそれとなく一緒に笑ったりして、少しずつ常連さんの方に顔を向けていき、話しかけやすそうな雰囲気の人と視線を合わせ、馴れ馴れしくない程度にタイミングよく話しに加わります。「あんたもネクタイ締めてそんな格好しとるが、家に帰ったらかあちゃんが飲ませてくれんとやろ」と言われたら占めたもの。もう一杯、追加注文して、普段は話を交わすことのない人たちと楽しい会話をして気持ちよく帰ることになります。まさに角打ちの醍醐味です。

ここには、「角打ちのルール」などありません。あるとすれば、財力や肩書きなどに関係なくただの飲み助として他人とコミュニケーションができるかどうかということでしょう。「角打ちは10分以内でしなければならない」、「角打ちは、一人で行くべきだ」、「角打ちは日本酒でなければならない」などという個人の美意識に基づく「ルール」に合った店を探して角打ちしてもいいとは思いますが、私は、そんなことより楽しく飲む方を選んで角打ちに勤しんでいます。

と書いてきましたが、北九州の角打ち店は、このような気持ちよく飲ませるサービスが全くない店だけではありません。ネクタイを締めたサラリーマンや女性でも気楽に入って飲むことができるところもあります。そういうところでは、通常の居酒屋さんや立ち飲み屋さんで飲むのと同じですから「ルール」などと小難しいことをいわないで気楽に飲むことです。

北九州には多様な角打ち店があります。あなたに合った店を探して、そこの常連さんになりましょう!今まで知らなかった世界がそこにはあるかもしれません。

(2012年 6月記)