角打ちのすすめ

□□□ 角打ちの魅力 □□□

 酒の飲み方はいろいろある。懐具合や気分、時宜などによって安酒屋から高級料亭まで様々な場所や酒類を選んで飲むことができる。その中でなぜ敢えて「角打ち」なのか。「酒屋で飲むこたぁなかろ〜もん。なしか!」

酒屋は酒を売るのが商売であるから、酒を買ってくれる人はお客である。しかし、そこで立ち飲みし始めた人はお客ではないはずだ。飲んでいる人にサービスをする必要はないし、サービスすれば違法である。

 「角打ち」に飲食業者のサービスを求めてはいけない。そういうサービスが必要なら「飲み屋」で飲もう。笑顔も愛想もいっぱいあるし、食べ物だっておいしいものがたくさんある。飲み屋でしてもらえるサービスがなくても飲むのが「角打ち」である。いや、それがないのがよくて飲むのが「角打ち」かもしれない。

 「角打ち」は、正規のルートで入ってきた酒を安価に飲める。500円玉があれば、日本酒200ml(250円前後)とつまみでおつりがくる。これは、酒屋で飲むのだから当然と言えば当然である。

 「角打ち」には、飲み方の自由さがある。仕事帰りに気の合った仲間と一緒に来て軽く一杯やるのも、ひとり来て店主や常連客と軽口を叩きながら飲むのもいい。カウンターの隅でひとり黙って飲むのがいい時もある。冬の寒い時、乗り物待ちの3分間で身体を暖めることもできるし、乗り遅れた時間を分単位で調整するにもいい。また、本格的に飲みに行く前のウォーミングアップにもなる。
カウンターの前に立ち、飲んで、勘定して出て行くまで10秒とかからなかった角打ちを目撃したこともある。

 「角打ち」をやっている酒屋の中には、昭和の雰囲気をたっぷり残しているところがある。高い天井に残る剥き出しの電気配線や碍子、レンガを敷き詰めた土間、分厚い一枚板のカウンター、大きな柱にかかっている振り子の古時計、量り売りに使われていた陶器の4斗樽や升・・・
そんな雰囲気の中で、話し好きの店主にその店やその地域の歴史などよもやま話を聞きながら飲む酒は格別である。

 角打ちは、庶民の文化である。角打ち屋の敷居が高く感じられたとしたら、それは、私たちが庶民のこころを忘れてしまったからだと言っては言い過ぎであろうか。


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□□□ 角打ちの流儀 □□□

広告紙を使って手織りした皿。よく見ると2重になっている。外側は再利用可能?

 角打ちの流儀は、角打ちをする人の数だけある。「角打ちは〜べきである」というのはその人個人の流儀であってすべてではない。「角打ちはひとりで行くものである」、「角打ち店では他の客に話しかけてはいけない」、「角打ちは10分以内にとどめるべきである」、「角打ちは日本酒ですべきだ」・・・・それぞれ結構なことである。それぞれが、自分が「粋」だと思う飲み方で飲めばいい。そんなことすら考えないで飲んだっていいはずである。

 角打ちの流儀は、角打ちをする側だけでなく、角打ち店やそこに集まってきている人たちの側にもある。自分の側の流儀だけを振りかざして角打ちをしてもまずいのである。自分の流儀と同じ流儀の角打ちができる店を探して角打ちをするのも、自分の流儀とは違う流儀の角打ちがされている店で「異文化角打ち」を楽しむのもいい。

 また、旨い酒を飲むとき、楽しい酒を飲むとき、哀しい酒を飲むとき、それぞれに違った流儀があってもいいではないか。


(以上、文責須藤)

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